minto.通信
2017年07月08日

"生きる力"インタビュー

♯2現役プロサッカー選手・巻誠一郎の活動から紐解く「生きる力」とは?

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心を閉ざしてしまった巻選手が、再び心を開いたきっかけは?
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巻選手を変えた「感謝の時間」
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なにもかもを失った被災者の方々に伝えたかった巻選手の想い
前回のインタビューでは、巻選手のサッカーを始めたきっかけ、そして巻選手自身の「ポジティブな物事の考え方」そしてその観点からみる「自身のサッカー選手としてのいま」を教えていただきました。(前回の記事⇒こちらをクリック


何事も前向きに、そして楽観的にとらえることができるタイプという巻選手。そんな巻選手でも一時、好き勝手に自分の記事を書き上げるメディアに対して不信感が募り、こころを閉ざしてしまった時期があったそうです。今回はそのマイナスな気持ちを払拭し、もう一度メディアと向き合うことを決めたそのきっかけ、そしてその後熱心に取り組まれている被災地支援活動についてお話ししていただきます。

巻選手がメディアに対して再び心を開いた2つのきっかけ『妻からの言葉』

取材を一切拒否していた時期もあった中で、僕自身が変われたのは2つの“きっかけ”があったからだと思います。
1つ目は妻からの言葉。日本代表時代、「今メディア取材に対して喋ってないらしいね」って。妻は元々サッカーに興味がある方ではなかったのですが、そんな妻が「あなたの後ろには生の声が聞きたいって人がたくさんいるんじゃない?」「ひとりでもそういう人がいるんだったら、ちゃんと答えるのがあなたの仕事だよ。」と言ってきたんですよ。
その時に「あ、そうか。」と初めて気付かされました。僕は今まで、目の前の「メディア」のことしか見えていなくて、その先にいる誰かのことは意識していなかったなと痛感したんです。

今でこそSNSがかなり充実しているのですが、当時はまだそういうツールがそれほど浸透していなかったので、自分からダイレクトにファンの方々へ言葉を発信していくという感覚すらなかったんですよね。

その妻の一言のおかげで、”自分を応援してくれている人たち”に向けて自分の言葉をしっかり発信していこうって思うことができるようになりました。
「取材を受けるのも、ファンの為」という考え方に変わりましたね。

巻選手がメディアに対して再び心を開いた2つのきっかけ『海外で過ごした時間』

2つ目は海外に行ったこと。 海外に行くと基本的に街の人たちって僕のこと知らないんです。だから声を掛けてくることも、特別扱いもない。そしてレストランに行っても、言葉が通じない。一生懸命伝えて、やっと食べ物が1つ出てくるくらいです。
そんな環境に身を置いてみて、僕の存在や、今までやってきたこと、それら全てが本当に「ちっぽけ」だったんだと思いました。これは初めての感覚でしたね。

海外にいると時間がたくさんあるので、考える時間も必然的に増えるんです。そのときに日本にいた頃の自分を振り返ってみたんですよね。
僕はプライベートの時に声をかけられるのが嫌だなって思っていたのですが、それは「自分を知ってくれている」という、ありがたいことだったんだなって思うようになりました。
そして僕がメディアの人たちに心を閉ざしていたことも、「ちっちゃなことだったな。」と思えるようになっていったのです。

巻選手の変化を経て起こしたアクション–メディアへの歩み寄り–

日本という今までいた環境から、外国という別の環境で生活していく中で、自分という存在の小ささを知りました。そして、今まですこし頑なでひねくれていた物事の捉え方、考え方が「感謝」につながっていきました。「外国でのひとりの時間は感謝の時間だったな。」と、今ではそう思います。

そして、自分が気にしていたメディアに対しても、“感謝の時間”と“妻の言葉”で考え方を変えることができました。
メディアにも自分から歩み寄って、「取材を受けていきます」というように伝えました。

今までのこともあり、メディアは、最初のうちは簡単には僕の声を聞いてくれなかったですね。取材をしていただくのにも、なかなか時間がかかりました。それにやっと取材をしていただいても、褒める記事ばかりではないということも感じました。ネガティブな記事も勿論出る。
でも、ネガティブな記事もそれほど気にならなくなったのは、きっと「自分の言葉を届けたい対象」が変わったことが大きいと思います。

巻選手と熊本の被災地支援活動–300箇所の避難所を1人で訪問、そこで感じた事

2014年に被災した僕の地元、熊本。今はそちらの被災地の支援活動にも力を注いでいます。被災した当初はいろんな避難所をとにかくまわりました。200~300箇所くらいの避難所を、3ヶ月間毎日まわりました。
震災直後はチーム自体も活動が難しかったので、その時間を利用して避難所を訪れました。

今でもそのときに出会った被災者の方たちと交流があるのですが、「家に帰れない」ましてや「街自体に帰れない」という人もまだたくさんいます。
そんな時に、人って本当にポジティブになれない。それが勿論普通だと思います。とにかく何もやる気が起きないっていう人が多いし、もう何から手をつけていいかわからないという人がほとんど。だって家も仕事も、何もかもなくしてしまったのですから、当然ですよね。

そんな被災者の方達にどう声を掛けたのかというと、実は僕はあまり言葉はかけなかった。言葉より、僕は「一緒に時間を共有すること」に意味があると思っていたんです。
ですから普通にたわいもない話をしていましたね。地元の方言や言葉を使って、とにかくいろんな話をしました。一緒にいること、その時間や空間をとにかく大事にしました。

ただ、なにか話をするうえで僕がひとつだけ意識したのは、”ポジティブなこと”をたくさん話すということ。ポジティブな気持ちって伝染すると思っています。
例えば人と話をしていて、ネガティブな話をされると、なぜか自分も暗くなることってありませんか?逆に、前向きになる話を聞いたら、「ああ私もがんばろう」ってなる気がします。
ですからポジティブな話とか、たわいもない話をとにかくたくさんしました。


最後に

今回は、メディアに対してこころを閉ざしてしまった巻選手自身が変わったきっかけ、そして地元・熊本への被災地支援の具体的な活動内容や、巻選手が活動のなかで大事にされていたことについて伺いました。

次回は、いよいよ最終回。
さらに巻選手が立ち上げた被災地支援団体、そして被災地支援活動の“いま・これから”についてお話ししていただき、そこからみえる巻選手の「生きること」を伺います。
お楽しみに。



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