minto.通信
2017年09月16日

"生きる力"インタビュー

#2ポジティブに生きるブレイク中タレント”ぺえ”に聞く、「生きる力」とは?

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最愛の彼を失ったぺえに与えられた言葉
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地元の体育大学に入学して、得たこととは?
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母との「3年だけ」の約束
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アパレル店員人生のスタート
生きる力インタビューは、第1回目にインタビューをさせていただいた巻誠一郎選手が設立した「YOUR ACTION KUMAMOTO」とコラボした連載になっています。
様々な著名人の方に、「生きる力」をテーマにインタビューをしています。

第4回目となる今回は、原宿のカリスマアパレルショップ店員とおねえタレントという2つの顔を持つぺえさん
前回のインタビューでは、ぺえさんの恋愛スタイル、そして人生で一番の大恋愛と、破局について伺いました。(前回の記事はこちらから
今回はその破局をいかにして乗り越えたか、そして一躍有名となり、今活躍するまでについてじっくりお話を伺っていきます。

最愛の彼を失った自分に与えられた言葉

失恋直後は、今まで生きてきた中で一番辛いと思ってしまうくらい悲しかったです。彼と別れて、一番迷惑をかけたのは友達でしたね。私の話をずっと聞いてくれて、受け止めてくれて。一緒にいることで少しずつ悲しみが和らいでいきました。
母親も薄々彼とのお付き合いには勘付いてはいたと思うんですけど、直接彼とのことを話したことがなかったんですよ。だから友達の存在はすごく大きかったですね。

ただその辛い時期に、すごく励みになる言葉をもらったんです。親友のお母さんがスナックのママをされていたのですが、そのお母さんから「男の穴は男で埋めなさい」って。空いた穴は、同じもので埋めるしかないんだと言われて。その時にすごくしっくりきたんですよね。若いうちは数多く恋愛したもん勝ちだっていうことも言っていて、振り返ってみると彼しか知らない自分がいることに気づいたんです。彼と付き合って、彼のことを本気で愛していたけれど、もっと遊ばなきゃいけない、もっといろんな恋愛をしなきゃいけないって気づきました。この別れは、むしろそのことに気づくために与えられた機会なのかなって思うようにもなりましたね。

気持ちを前に、母と決めて進んだ進路

彼と別れた後、私は地元の体育大学に進みました。大学進学を勧めてくれたのは母でした。それは、なにか資格をとったり教養をつけろっていう意味ではなくて、自由な4年間を一度過ごしてみなっていう意味だったようです。私、小・中・高とずっとバレーボールをして過ごしてきたので、ほぼ体育館にいるような生活だったんです。だから、本当に狭い世界で生きてきてしまったというか、何か挑戦したことも、好きなことをしたこともなくて。そんな私をみた母が、まっさらな4年間を自由に遊んでみなよって言ってくれたんですね。

私自身も、このまま高卒で、バレーボールしか知らない自分がいきなり社会に出ても何も通用しないだろうと思っていました。いろんな社会をみたいと思っていたこともあって、進学を選びました。結果、本当に大学に進学してよかったなって思います。それまでは山形の人としか関わってこなかった自分が、いろんなタイプの人や県の人と出会えて。もちろん嫌な人もいましたけど、そこで視野が広がったというか、いろんな人がいるっていうことを知ったんです。そのときの気づきは、今の自分にすごく活きていると思いますね。

タイムリミットがある上京生活

大学では、介護福祉士の資格をとりました。介護施設で働こうと思っていたわけではなくて、いずれ両親が手助けを必要とした時に、少しでも役に立つかなと思って資格を取りました。両親の年齢を考えても、自分の好きなことができるのは今しかないなって。自由なこと、好きなこと、若いうちにしかできないことをやりたいって思ったことが理由で上京しました。

でも、私の上京は3年間っていうタイムリミットがあるんです。母親に、「3年間自由に東京で過ごしたら、地元で普通の企業や施設で働く」という約束をしました。今はこうやってやりたいことや自分が輝ける場所が見つかったので、少しタイムリミットの約束は保留というか、母親が「やりたくなくなるまでやりなさい」って応援してくれています。


アパレル店員人生のスタート

上京の大前提で、「東京で知らない世界を見る」というのを掲げていて、無縁だったファッションに挑戦してみようと思いました。どうせ始めるなら最先端のところで学びたい、ファッションの最先端といえば原宿かなと思って。そしたら今の店に出会ったんですね。特にここの服が好きとかいうのは全然なかったのですが、直感で「ここのような気がする…!」って思って。

服は上京してから好きになりました。山形にいるときは、スエットとジャージでしたから。体育大だったし、周りにも本当におしゃれな人がいなかったし、刺激もなくて。なにもファッションの知識がないまま入職したので、自分は本当に「ダサい」っていう自覚があったんですよ。とんでもない格好もしていたし、全然おしゃれでもなかったし、ファッションのことも知らなくて。だからプライドを全部捨てて、「私のことダサいって思ったら言ってください」って頼んで、いろんなことを教えてもらいました。合わせ方とかも全部質問して、そこで知識を深めながら働いていました。「どういうところで服を買っているんですか?」ってお客さんにも聞いていましたね。あと、オシャレだなって思う人がいたら、その人が入っていくお店とかも見ていました。ある意味尾行みたいな感じですね(笑)そうやって休みの日もリサーチしていました。
その店で、ファッションに触れて痛感しましたね。自分がどれだけ井の中の蛙だったのか。山形という小さな世界しか知らなかったのに、あんなに大口叩いていたんだなって。それを痛感して、すごく恥ずかしくなりました。

最後に

いかがでしたか?失恋、そして上京、そしてファッションの世界を通して、自分が今までになかった気づきを手にしたぺえさん。次回はぺえさんがタレントとして生きる今、感じること、悩み、目指していることなどをお話ししていただきます。お楽しみに。

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